「どじょスク!」中田英樹氏の考察


 思えば、土壌スクリーニング・プロジェクトはこれまで、2013年3月10日放送のNHK総合「サキどり」をはじめ、朝日新聞「プロメテウスの罠」、「美味しんぼ『福島の真実』編」他、毎日新聞、日本農業新聞、「福島第一原発観光地計画」(genron)等々、数多のメディアを通じて露出を重ねてきました。そのたびに、この、究極的に地味な取組みに取材班や記者、編集者が向かい合い、それぞれの切口で社会に伝えてくださいました。ありがとうございます。
 そしてその中にあって、「現代思想」1月号に他に類をみない、しかし大切であろう考察がありました。14年間グァテマラはサン・ペドロ村について考え続けた思考が結実した著書「トウモロコシの先住民とコーヒーの国民」(有志舎)が第3回梅棹忠夫文学賞にノミネートされている農村社会学者・中田英樹氏によるそれを、御本人、出版社の許可を得て、転載させていただきます。

2013年のスクリーニング納め、12月27日に撮った一枚。真ん中のJA新ふく・紺野さん、右端の福大・朴先生以外の7名が、雨の日も風の日も現場で測定を続け、どじょスク!を支えてくださっている7名です

           中田英樹「フクシマ復興と、ある青年の世界」 
 

 

 梅雨も明けぬ蒸し暑い朝、私はJAの軽ワゴンに乗って福島市郊外の農地へ向かっていた。土壌スクリーニング・プロジェクトを、少し手伝いつつ覗いてみるのが目的である。

 通称「土壌スク」──JA新ふくしま、福島生協連、福島大学が協働しての、管内三万八千圃場を測って詳細な放射能汚染マップを作るという果てしない作業だ。隣の畑でも大きく数値は異なるのに、文科省の作った二キロメッシュの汚染マップでは、除染作業や作付け可否の判断、損害補償など、あらゆる作業が不効率過ぎる。

 実際の作業は三人一班の現地期間雇用スタッフが四班。一人が放射能測定器で測りもう一人が高性能GPSを介してマッピングする。もう一人班長は測定の立ち回りを考える。一筆々々異なる農地に対して、記録をどのように残すか即決し、そして次の農家へ挨拶に、戸口を叩く。

 原発事故後の福島農家にとって我の農地を測らせることとは、自家の未来を国家権力に委ねるに等しい。3・11以前と何も変わらぬ自らの農地が「セシウム何ベクレル」などと聞いたこともない計測数値によって、まったく無価値な全否定の対象となり得る。

 私の参加時の班長は、「土壌スク」最古参だが、実直でアドリブ対応が苦手な青年だった。だから農家への挨拶は頭痛の種だ。嫌みを言われれば昼飯も喉を通らない。麦茶の一杯も労われれば、移動車内を熱気で満たし同班メンバーを圧倒する。こうして二十四歳の小柄な彼は、人生で培ってきた総ての経験を動員して、農家の戸を叩いていく。

 「こんにちわぁ。JAですぅ」と切り出す瞬間の、彼の緊張を漲らせた最敬礼と強張った表情。対する一言を発するまでの数秒の、農家の泳ぐ視線と身構え──日本近代化のもと東北農村がどのように生物資源の給源として統合され、国家権力に翻弄されてきたのか。農家が、JA或いは行政と張ってきた歴史的な緊張関係を、この彼は、何千カ所と農地を測るその淡々とした作業の繰り返しそのもののなかで、身体に覚えてきたのだ。

 「がんばろう日本」の片隅で、お母さんの作ってくれた弁当を頬張り、一人地図を広げ午後の測定戦略を練る──ひとりのこの青年のなかに、同時代史の、日本近代の、すべてが在る。

(2014年1月号『現代思想』「研究手帖」(青土社)より引用)

1/16/2014
事務局