悦子&ジョー・プライス夫妻に聞いたこと


 7月27日から9月23日まで、福島県立美術館にて、東日本大震災復興支援/特別展「若冲が来てくれました ー プライス・コレクション/江戸絵画の美と生命」展が開催中。ここまで巡回してきた仙台で約10万人、岩手で約7万人を動員し、福島での展示が始まりました。

福島市のシンボル、信夫山ふもとの広い敷地に、県立図書館と並んで建つ福島県立美術館

ちょうど1週間前の7月30日、東京新聞さんがどじょスク!を記事として扱ってくださった縁があり、今回事務局はプライス夫妻取材に同行させていただいたのでした

 前回2006、7年に巡回した東京、京都、愛知、九州で約82万人を動員し、歴史に埋もれていた伊藤若冲他、江戸時代に躍動した天才絵師たちの功績を掘り起こした「プライス展」。そのインパクトは未だ記憶に新しく、そして、それら作品群が東北を訪れるのは今回が初めてです。

 2011年3月11日、悦子&ジョー・プライス夫妻は、テレビの映像で震災、津波、原発事故にさらされた日本、東北を観て、即座にコレクションを持って行くことを決断されたと言います。

 当時の夫妻の心情は、

「こういう時こそ、美しい色、かたちを見ることで心癒されるはず。コレクションの中に、東北の人々に観られるべきものが、必ずあるはず」

「60年以上前、初めて自分がこれらの作品に触れ、感じたことを思い出した。これらに触れることが生きる尊厳、喜びの再確認に繋がれば」

といった言葉から推し量れるでしょうか。

夫妻曰く、今回の展示の一番の見所、淋派・酒井抱一「十二か月花鳥図」。これまで、夫妻も最大で半分しか並べて見たことがなかったという12作品が一堂に並び、記者会見席もそこにセッティングされていました

 カリフォルニアのご自宅では、バスルームのタイルにもされているという、生物の楽園を描いた大作「鳥獣花木図屏風」(伊藤若冲作)。それが「今回ばかりは仏画に見えました」とプライス氏。テレビで震災を観ただけの自分がそんな気持ちとなり、それならば、現地で直接被害を受けた人々の心はどうなのか。23歳で初めて「葡萄図」(伊藤若冲作)を購入して以来、(これはにわかに信じ難い事実ながら)長い間、誰にも関心すら持たれなかったというコレクションですが「今こそ作品たちが持つ力を活かす時」、「当時私が受けた感動を、被災地に、特に子どもたちに伝えたい」と氏は続けます。

 ある意味で、どんな日本人よりも日本美術に魅せられ、御自身の眼だけを頼りに作品蒐集をしてきたプライス氏も、たまたま「目利きの才能」に恵まれたわけではありません。

 予々氏は、自然を再構築し、さらにはそれを一段と高めているように感じさせる力が江戸時代の日本絵画の本質的な特徴であり、その本質的側面は、生前交流のあった建築家フランク・ロイド・ライト氏から多く学ばれたと語っています。そのライト氏は、丘陵を切り拓き、そこにつくる建造物によって、自然の美しさをより際立たせることを成功させた建築家。プライス氏の、自然への敬意とも重なる審美眼のルーツがそこにあると考えると、合点もいきます。

 著名作家の落款も印章も関係なく、「ただ絵画から受ける眼の喜びが素晴らしかったから」蒐集されたコレクション。そして、「これらの作品から得た計りしれない喜びを、多くの人々にも同じように体験して欲しい」との願いが、今回の美術展をも実現させた原動力と言えるでしょう。

 プライス氏は、大きな屏風に象と牛が描かれた「白象黒牛図屏風」(長沢蘆雪作)前のソファに座りながら、

「江戸時代、椅子やテーブルは日本にありませんでした。だからこのソファから作品を観る角度がちょうど、当時畳に座りながら作品を鑑賞していた角度と近いはずなんです」

と仰いました。

 夫妻は、東北の来場者は、以前の都心部での来場者よりも長い時間をかけて作品を観ているようだと感じています。そして来場者からは、「絵を観ながら、自然の中に入っていけるような感覚がある」といったものや、純粋に「こんな素晴らしいものが日本美術にあったんですね」といった驚きも寄せられているとのこと。

 都会の人々とはまた違う、同時にそれは夫妻の感性にも通じる、東北の地で感じる大自然への敬意。

 もしかするとそれこそが、厳しい東北の気候が育んだ「礼節」と呼べるものかもしれない。そしてそれを感じるほどに、福島では原発事故への気持ちが強くなる。実は「日本応援団」として、あまりにも心が感じられなかった電力会社の対応への憤りも、当初、今回の展示実現に至るモチベーションだったと夫妻は語られました。

 また、本展示会のメインテーマは「美」と「生命力」。それは多様な生物の楽園がモザイクで描かれた「鳥獣花木図屏風」の世界に象徴されていると同時に、「負けちゃいけない」、「乗り越えられる」といったメッセージが、作品群を通して、子どもたちの心に届くよう願っていると。

 東京新聞記事でも触れられている、今回ガラスケースから出して展示している作品に、人気絵師円山応挙の孫、円山応震による「麦庭図屏風」があります。


 そこに描かれている「豊穣」のイメージ。

「いずれ、本当の意味でのこの作品に描かれた状態が戻らないことには、福島の真の復興はない。だからこの作品を『福島の象徴』とする気持ちで、ガラスケースの外に展示したんです」

 奇しくも、東北を初めて訪れたというのに、土壌スクリーニング・プロジェクトにもそのまま直結するお言葉が、心に優しく触れたのでした。

2013/8/6
事務局